| アメリカン・ウィスキーの歴史 |
|---|
アメリカの蒸留酒の歴史は植民地を開拓して間もない17世紀半ばからですが、
当時の蒸留酒は糖蜜を原料とした、ラムが主体でした。
19世紀に入り、ラムにかわり余剰気味であった穀物(ライ麦や大麦)が主体の酒づくりが「ペンシルバニア」を中心に
他の州へも広がります。ところが、独立戦争後の経済の立て直しをはかる政府が
ウィスキーに税をかけたのです。
蒸留業者たちは課税から
逃れるために、ケンタッキー/インジアナ/テネシーなどに移り
トウモロコシ主体のウィスキーづくりへとかわってゆきます。
南北戦争後、急速な経済発展にともなって連続式蒸留機が使われるようになり、
その生産量は大きく伸びましたが、様々な思想に伴い
『禁酒法』(1920年一月)が発布されます。
しかし、結果はかえって人々の気持ちをあおり、密造、密売によって
マフィアの勢力拡大を助長するだけでした。
禁酒法廃止とともに、アメリカの蒸留方法は連続式蒸留機に変わり、
熟成法も通常の製法とは違ったタイプのウィスキーです。
|
|